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元会長の福島義一先生(故人)によると、徳島の眼科医療は、1799年(寛永11年)徳島に生まれた高良斎から始まります。
高良斎はシーボルトに師事し、日本最古の眼科書「耳眼祥説」「和蘭銀海秘録」を書いています。
これにはすでに白内障の手術が記載されています。
1831年(天保2年)シーボルト事件のため、徳島に帰った高良斎が眼の手術を行った記録があります。
幕末の頃、阿波藩医だった関寛斎は、明治2年に徳島医学校の教授となり、明治6年には徳島市で開業しています。
石を削り、義眼を作成した記録が残っています。
井上達也は、明治14年東京医学校教授嘱託(眼科)となっています。
つまり日本人最初の眼科学教授です。その後も、盛新之助京都大学教授をはじめ、多くの眼科学の指導者を輩出しています。
徳島県眼科医会は、昭和8年に、住友次郎先生を初代会長として発足しています。
しかし残念ながら、その後の経過については記録が残っていません。
戦争による中断がありましたが、昭和23年4月に再開しました。
再開後からでも平成13年で53年になります。歴代会長と就任期間は次の通りです。
この間、徳島アイバンクの設立や徳島眼科集談会(現在は徳島大学に移管)の創設などを行っています。
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