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【質問】 追突されて15年続く後遺症

 70代の男性です。15年近く前、後続の車に追突されて1週間ほど入院をしました。それ以来今日まで、耳鳴りや頭痛、右手のしびれ、めまい、物忘れなどの症状が続いています。最近になって「脳脊髄(せきずい)液減少症」という病気があることを知りました。症状や治療法について教えてください。また、県内で検査や治療はできるのでしょうか。



【回答】 脳脊髄液減少症 -症状にあった治療最優先-

徳島大学整形外科 加藤真介

 15年近くも症状が続き、お困りのことと思います。追突事故の後、外傷は比較的軽微なのに、めまいや首の痛みなどの症状が残ることは「外傷性頸部(けいぶ)症候群」「むち打ち関連障害」と呼ばれていて、首や肩周辺の痛み、しびれ、耳鳴り、めまい、頭痛、嘔吐(おうと)、注意力障害などが起こります。

 こうした症状が出る理由は分かっていません。レントゲンやCT、MRIでとらえきれない頚椎(けいつい)、脊髄、脳の軽度の損傷や、自律神経のバランスの崩れなどが言われていますが、実証はされていません。このような中で最近、「脳脊髄液減少症」という病名がクローズアップされてきました。

 脳や脊髄は、軟膜・くも膜・硬膜の三層の膜に囲まれています。脳脊髄液はくも膜と軟膜の間に130ミリリットル程度あり、1日に数回入れ替わっています。脳・脊髄や脳脊髄液は、頭蓋(ずがい)骨、脊椎などの骨に囲まれて常に圧がかかっており、圧が下がると頭痛などが起こります。こうした症状は「低脳脊髄液圧症候群」と呼ばれ、腰に針を刺して下半身だけに麻酔をする腰椎(ようつい)麻酔の後で時々起こります。これは数日で改善しますが、ごくまれに自然に発生する場合もあります。

 最近、低脳脊髄液圧症候群では、脳に特徴的なMRI像があると言われるようになりました。逆にこの所見と起立性頭痛があっても、脳脊髄液圧が正常である場合もあり、起立性頭痛とMRI所見があれば脳脊髄液減少症と診断されるようになりました。

 数年前から、比較的軽微な事故で脳脊髄液が漏れ出して脳脊髄液減少症になり、これに対して硬膜外自家血注入法(ブラッドパッチ)が効果があるという報道に接するようになりました。しかし、私たちが手術のときに見る硬膜は簡単には破れません。また、激しい外傷で頚髄(けいずい)を損傷し、四肢麻痺(まひ)になった人には起こらず、軽微な外傷の場合に起こるのはなぜか、頚椎からはるかに離れた胸椎(きょうつう)や腰椎の硬膜で裂け目が生じるのはどうしてか、など疑問だらけです。さらに脳脊髄液減少症との診断の根拠となる画像所見は決して特徴的ではないと考える医師もいます。

 これらの混乱を解決するために、厚生労働省の研究班が両方の立場の医師や関連する学会の代表者を集めて、画像評価の診断価値について検討していて、数年以内に報告書が出る予定です。

 脳脊髄液減少症の治療ですが、症状にあわせた治療が最優先されます。全国のいくつかの施設では、むち打ち損傷後の頭痛に対してブラッドパッチが行われています。脊髄が通る骨の管である脊柱管と、脊髄を包む硬膜の間に自分の血液を注入して癒着を起こし、漏れをふさぐというものです。その効果については十分な評価ができていません。感染、麻痺、癒着などによってひどい状態になったという話も耳にするようになりました。確立した治療法とは言えないのが実情です。

 諸外国では、20年ほど前から大規模な研究が行われ、外傷性頸部症候群の有効な治療法の確立に向けて少しずつ進歩していますが、現時点ではご判断の参考になる十分なデータがないと言わざるを得ません。治療の選択の最終判断は患者さんがご自身に委ねられますが、特に、ブラッドパッチに関しては保険適応となっておらず、慎重に判断されることをお勧めいたします。

徳島新聞2009年8月23日号より転載

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